がんは遺伝する?遺伝するがんや遺伝子検査などについて解説
日本人の2人に1人が罹患するといわれている、がん。「がん家系」などの言葉をよく耳にすると思いますが、がんは本当に遺伝するのでしょうか。
本記事では、がん遺伝のメカニズムや、遺伝することが明らかになっているがんの種類などについて解説します。また、遺伝子検査などについても触れていますので、参考にしてみてください。
*遺伝子検査は、遺伝子パネル検査とも呼ばれ、がんゲノム医療を行う上で参考となります。なお、がんゲノム医療とは、当クリニックで行っている「がん関連遺伝子を用いた遺伝子治療」とは異なります。
目次
がんは遺伝する?
がんの罹患リスクは男性で65%、女性で50.2%といわれています(「がんの統計2022」より)。
がんの発症には加齢などの「環境因子」が大きく関わると考えられています。家族は同じ環境で生活しているため、習慣や食生活などを共有しており、同じ病気になる確率が高い傾向があるためです。
生まれながらにしてがんに関わる遺伝子に変異がある場合、次の世代に変異が受け継がれる可能性があることもわかっています。
がんと遺伝子の関係
人間の細胞は「体細胞」と「生殖細胞」の2つに分類されます。生まれたあとに、骨や筋肉、神経、血液などの「体細胞」に含まれる遺伝子に変異が生じても、次の世代に受け継がれることはありません。
しかし、精子や卵子などの「生殖細胞」に変異がある場合、次の世代に受け継がれる可能性があります。また、両親どちらかの変異を受け継いだとしても、必ずがんになるとはいえません。
がん遺伝の原因
正常な細胞には「がん抑制遺伝子」が備わっています。「がん抑制遺伝子」は、両親から1つずつ受け継ぐため、1つが変異しても1つがブレーキの役割をします。
2つが変異すると細胞ががん化するとされているため、両親から受け継いだ「がん抑制遺伝子」に変異があった場合、がんになる可能性が高いことや、若いうちにがんが発生する原因にもなると考えられています。
遺伝性腫瘍(症候群)とは?
家族のなかで、がん(腫瘍)が集積して発生する腫瘍性疾患を「家族性腫瘍」といいます。そのなかでも、遺伝の要因が強いものを「遺伝性腫瘍(症候群)」といいます。
大腸がんを例にみると、約25%が家族集積性のがんで、うち約5%は遺伝性腫瘍とされています。
遺伝性腫瘍症候群の家系の特徴は以下のとおりです。
- ・家系内に若くしてがんに罹患した人がいる
- ・家系内に複数回がんに罹患した人がいる
- ・家系内に特定のがんが多く発生している
ここでは、遺伝性腫瘍症候群の主な疾患として、遺伝性大腸がんである「家族性大腸腺腫症(ポリポーシス)」「リンチ症候群」と、「遺伝性乳がん卵巣がん」の3つについて解説します。
遺伝性大腸がん|家族性大腸腺腫症(ポリポーシス)
家族性大腸腺腫症(ポリポーシス)は、遺伝的な要因により、大腸がんや十二指腸がんになりやすい体質のことをいいます。大腸にポリープが多発する疾患で、一般的に100個以上、密生型では5,000個以上発生することがあります。
ポリープ自体は良性腫瘍の腺腫と呼ばれるタイプですが、大腸がんの場合、腺腫の一部が腺がんになるパターンが多いため、腺腫が多発する=がんが発生する確率が高くなる、ということになります。
家族性大腸腺腫症は、APCという遺伝子に変化が生じることが原因とされており、その変化が遺伝する確率は、親から子への場合50%とされています。
遺伝性大腸がん|リンチ症候群
リンチ症候群は、遺伝的な要因により、大腸・小腸がん、胃がん、泌尿器系(腎盂・尿管など)のがん、子宮内膜がんなどになりやすい体質のことをいい、遺伝性大腸がんの2~3%を占めると考えられています。
リンチ症候群の場合、大腸がん発症の平均年齢は45歳前後と、一般的な好発年齢の65歳よりも若いことが特徴です。リンチ症候群は「MLH1」「MSH2」「MSH6」「PMS2」の遺伝子のうちいずれか1つに変化がある場合に診断され、親から子への遺伝は50%とされています。
リンチ症候群と診断されても全員が必ずがんになるわけではなく、生涯大腸がんを発症する確率は28~75%、女性で子宮内膜がんを発症する確率は27~71%とされています。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)
乳がんのうち、約10%が遺伝性乳がんといわれています。そのうち58%を占めるのが「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」です。
HBOCは、「BRCA1」「BRCA2」という特定の遺伝子に病的な異変がみられる遺伝性のがんです。この病的な異変のことを「病的バリアント保持」といいますが、BRCA病的バリアント保持者の70歳までの乳がん発症リスクは、49~57%とされています。
母親が乳がんを発症した場合、娘の発症リスクは一般の約2倍、母親と姉が発症した場合、妹の発症リスクは一般の約4倍になるとされています。
乳がんと診断された場合、一定の条件を満たせば、特定の医療機関においてはBRCA遺伝学的検査とカウンセリングが保険適用になる場合があります。保険適用の要件は以下のとおりです。(※2~8についてはいずれかを満たしていればよい)
- すでに乳がんや卵巣がんと診断され治療されている方、あるいはこれから治療を受けられる方
- 45 歳以下で乳がんと診断された方
- 複数回乳がんと診断された方(同じ側の乳房、または両側の乳房が含まれます)
- 60 歳以下でトリプルネガティブ(※)乳がんと診断された方(※女性ホルモンとがん遺伝子 HER2 に対する薬物療法が効かない乳がん)
- 卵巣がん、卵管がんや腹膜がんと診断された方
- 血縁関係にある方に乳がんや卵巣がんの家族歴を持つ方(姉妹や兄弟、子供、両親、祖父母とその姉妹と兄弟、従姉妹、従兄弟まで含まれます)
- 血縁関係にある方に BRCA1 または BRCA2 遺伝子に変異があると知らされている方
- 本人や血縁関係にある方が男性乳がんと診断された方
- HBOC について遺伝カウンセリング、BRCA 遺伝子検査を受けて BRCA1 または 2 の遺伝子に変異が認められた方
引用元:遺伝性乳がん卵巣がん症候群の保険診療収載に伴う遺伝カウンセリング・BRCA 遺伝学的検査とリスク低減乳房切除術・乳房再建術、リスク低減卵管卵巣摘出術について|一般社団法人 日本乳癌学会
遺伝性腫瘍について詳しくお知りになりたい方は、こちらからお電話ください。
がん遺伝子検査について
がん遺伝子検査とは、肺がん・大腸がん・乳がんなど一部のがんにおいて、医師が必要とした場合に行う検査です。1つもしくは少数の遺伝子を調べたり、検査の結果に基づいて薬を選んだりします。
がん遺伝子検査で調べること
一般的に保険診療として行われているがん遺伝子検査において、どのようなことを調べるのか解説します。
がんに関する診断
特に血液のがんにおいて、病気の確定診断や治療方法の選択、予後の予測をするために遺伝子検査を行うことがあります。例えば、慢性骨髄性白血病において、がんの原因となっている特定の遺伝子によって確定診断をし、分子標的薬を使用する、などの判断に用います。
副作用についての判断
肺がん、子宮頸がん、卵巣がん、胃がん、大腸がん、乳がん、有棘(ゆうきょく)細胞がん、悪性リンパ腫、膵臓がんなどで使用する「イリノテカン」という細胞障害性抗がん薬を用いる際、重篤な副作用が出る体質でないかどうかを調べるために、遺伝子検査を行うことがあります。
薬の効果についての判断
肺がん、大腸がん、乳がんなどの場合、組織の遺伝子を検査して「薬が効きそうかどうか」の判断を行うことがあります。乳がんや卵巣がんの場合、生まれ持った遺伝子が「薬が効きそうかどうか」に関わることがあるため、血液検査で「BRCA1遺伝子」や「BRCA2遺伝子」を調べます。検査の結果で遺伝子変異がある場合は、その変異に合った薬を選んで治療が行われます。
保険診療のがん遺伝子検査
先述したように、医師が必要とした場合に行う遺伝子検査は保険診療となります。
保険診療の遺伝子検査は、がんのなかで生じた遺伝子異常を解析する「体細胞遺伝子検査」と、体質的にがんにかかりやすいかどうか、薬の副作用や効果について判断する「遺伝学的検査」があります。体細胞遺伝子検査はがんの組織や血液・骨髄液を、遺伝学的検査は血液(正常組織)を用いる検査です。
市販のがん遺伝子検査
簡易的な遺伝子検査キット(いわゆるDTC)は市販もされています。がんや生活習慣病のかかりやすさを調べることができ、自宅で唾液を採取して送る郵送キットもあります。
市販の遺伝子検査を受ける場合、信頼できる医療機関であることや、対面でカウンセリングを行うことができること、専門家のサポートが受けられることなどを確認することを推奨します。また、臨床遺伝専門医などに相談することが望ましいとされています。